鈴木 秀人, 木城 典子, 大岡 汐里, 高谷 澄夫, 小山田 隆, 稲垣 健志
法医病理 29(2) 50-50 2023年12月
【2】 第6回 日本法医病理学会全国学術集会 @久留米大学 旭町キャンパス 筑水会館 (2023年9月8日~9日) [一般演題]
【事例概要】
80歳代男性. 既往症として前立腺肥大, アルツハイマー型認知症, パーキンソン病を認める. 妻他界後は独居で, 訪問介護, デイサービス, ショートステイを利用し, 長男が定期的に訪問していた. 某日昼, 訪問した長男が自宅居間で正座をして頭部を床につけた状態で死亡している本屍を発見した. 死亡2日前に訪問した際は普段通りであったという. 救急要請されたが, 警察に転送となった. 死後画像診断(CT)施行するも死因の特定に至らず, 法医解剖(死因・身元調査法に基づく解剖)となった.
【死後CT画像所見】
冠状動脈に石灰化を認める. 両肺前縁は近接し, 肺野は全般に低吸収域が目立つ.
【外表所見】
身長 172 cm, 体重 57.7 kg. 死体硬直は全身の諸関節において緩解. 死斑は顔面, 前頚部, 体幹前面, 上背部を主として赤紫色調で点状出血を混じ, やや高度に発現していた. 眼瞼結膜及び口腔粘膜に溢血点(+). 後頭部に淡赤褐色調の変色, 左眼周囲に紫色調の変色を認め, 左額部, 両側頬部, 右肩前面, 左上腕外側, 両膝前面に表皮剥脱を認めた. 両側下腿は浮腫状であった.
【剖検所見】
主要所見として両肺の膨張(図1), 気管支内の粘液貯留(図2), 舌骨下筋群の出血(左右対称性), 暗赤色流動血主体で構成される心臓剔出血(103 mL), 諸臓器の鬱血を認めた. その他の所見として, 右冠状動脈近位部の内腔狭窄, 頭皮下出血(前頭部, 後頭部), 高度の大動脈硬化を認めた.
【組織学的所見】
肺組織において気管支内粘液栓(図3), 気管支腺・平滑筋の発達, 粘膜下のリンパ球・好酸球浸潤を認めた. 肺胞内に有意な炎症細胞集簇は認めなかった. その他冠状動脈の内膜肥厚と心内膜下の線維化巣を認めた.
【血液生化学検査】
心臓剔出血にて NT-pro BNP 725 pg/mL, Alb 2.8 mg/dL, IgE 66 IU/mL であった.
【考察】
本事例の死因については, 肺臓の肉眼・組織所見, 呼吸補助筋の出血及び急死を示唆する所見より気管支喘息と診断した. 他の所見として慢性虚血性心疾患, 低蛋白血症を認め, 下腿浮腫の原因となったと考えられた. 本事例の死後CT画像は肺の含気増加を示唆する所見を示しており, 喘息を疑う契機になり得ると思われた.
喘息死亡者数に占める高齢者の割合は近年90%程度で推移している. 一方, 高齢者は心不全等の併存疾患, 加齢に伴う呼吸生理学的変化, 認知機能低下等の要因により喘息の診断に難渋することが多いことが指摘されている. 高齢者の急死例において生前未診断の喘息も鑑別疾患の一つとして留意し, 死後CT画像の読影, 剖検を進めていく必要があると考えられた.